飛鳥時代

   飛鳥時代は仏教伝来から始まると考えられ 首都が他の地域へ移動されるまでの約百年間をさします。この時代、天皇が代わると共に首都の場所も変えられましたが 奈良県にある飛鳥という地域からは移動することは無かったようです。冠位十二階、憲法十七条、戸籍などの制度が取り入れられ、飛鳥時代末期には日本で始めての銭も発行されました。お寺の建造物や銅製の大仏像から それらが古墳時代に比べてどれだけ発達したものかをうかがうことが出来ます。 

  遣隋使がその当時の中国王朝である隋に派遣され、遣隋使により中国の文化、哲学、そして政治学が持ち帰られます。そして 文化の政治の面にて大きな進化を遂げます。そのため、飛鳥時代が今日の日本文化の基礎であるとされることもあります。いろいろな制度の導入がこの時代に見られますが、政治的にはとても不安定な時代でした。その背景には権力にからんだ肉親同士での争い、そして有力な豪族同士の競争が見られます。元明天皇によって他の地域へ首都が移され 飛鳥時代はおわりを告げます。 そして時代は奈良時代へと移り変わります。

飛鳥 古代日本の首都があった地域
戸籍・計帳  改新の詔の第三ヶ条に属す。人口調査のようなものであり 実際に戸籍が作られたのは この詔が公布されてから数十年後である。
天智天皇 日本で始めて法律を設けた天皇。
小野妹子  聖徳太子によって派遣された遣隋使。彼の役割は当時の中国の皇帝、煬帝に聖徳太子からの手紙をわたすこと。しかし その手紙が「日が昇る国の天皇の子から日の沈む国の天皇の子へ」という言葉が書かれていたことから 煬帝の気分を害します。小野妹子は中国皇帝、煬帝から返答の手紙を受けとったのですが その大事な手紙を日本に帰る途中に盗まれた(または無くした)として 記録に残っています。
聖徳太子  日本の歴史において不可欠な存在の人物です。彼は仏教を今まで以上に世の中に広め、法隆寺を建立しましす。そして遣隋使を隋に派遣します。聖徳太子は冠位十二階を創設した人物でもあります。歴史上には多くの事を成し遂げた人として名前が残っているのですが、彼の存在についてはまだ疑問が多いようです。