縄文時代
縄文文化は 日本で始めての文化であり一番長く続いた文化でもあります。この時代、木は日常生活の道具、儀式または宗教的な飾り物、そして食料庫や家を作る など、いろいろな目的に使われていました。その為、縄文時代は“木の文化”としても知られています。縄文時代の起源は今から約12000年前までさかのぼることができ、今まで発見されている縄文時代の遺跡や遺物からどのようにその文化が日本で広がっていったのかをたどる事ができます。縄文土器の誕生により 遊牧生活から定住型生活に変 わり始め、その結果、旧石器時代の主な生計の狩りと収集に、栗の木を植えるなどの園芸が加わりました。食料の収穫が増えるとともに 村の大きさも比例して大きくなります。村と他の村 との間にて 物資の交換も頻繁に行われ、共同でお祭りのようなものも行われたようです。いくつかの縄文時代のお祭りや収穫作業は今日まで続いています。
縄文文化とは日本で最初の文化であり,縄文土器で知られています。そして 世界で一番古い土器は縄文時代の早い時期から発見されています。土器の中から発見された遺物により縄文時代最初の調理法、“焼く、いぶす、干す”に“煮る”という調理法がが加わったことが明らかになりました。道具の発達 と土器の使用により 狩をするため移動生活をしていた縄文時代の人々が ひとつの場所に住み始めます。 水は生活に欠かすことができないことから居住地は川か湧き水の近くにありました。時々、丘の上 から遺跡が発見されることがありますが 何らかの方法によって水を得ていたものと思われます。家族または血縁関係のつながりにおいて人々は共に住み、4,5件の家によって 居住地は構成されていました。 そして、この小さな共同体が村の起源と考えられています。家の形は 床が地面から掘り下げられて作られている竪穴式住居が基本です。床は3メートルから6メートルほどの楕円形で、炉床は家の中心に位置します。家の中心で炊かれた火は 部屋の明かり、料理のための火、そして部屋を温めるために使われていたようです。床は3メートルから6メートルの楕円形といいましたが、家の形や大きさは時代と地域によって異なります。
縄文時代の人々は 木でカヌー、弓、くし、腕輪、火を起こす道具などを作っており、木の文化としても知られています。時には、これらの道具に漆が塗られていることもあります。縄文時代の人々は木の性質をよく知っており、それぞれの用途に適した木を選ん び物を作ってました。例えば、栗の木は耐久性があり堅いため 縄文時代の人々は栗の木を建物の柱に 使用しています。最近発見された縄文時代の建物跡の結果から 人々は大きな建物を建てていたことが明らかになりました。その建物は住居としてではなく働く場所として使われていたということから その当時、その場所では労働などを管理するための発達した社会組織があったということが考えられます。
縄文時代最初の主な生計は狩り、収集、そして魚釣りです。この時代の人々は動物や植物についての知識があり、季節によって食べるものが変わりました。人々は 村の近くで取れる鳥、爬虫類、両生類、魚、そして他の動物を狩りや罠を仕掛けて捕まえて食べていました。収集されるものは主に木の実、きのこ、食べるることができる野生植物、そして 貝などでした。栗の木を植えることにより栗が収穫され食生活が以前に比べ安定し始めます。そして 食生活の安定から村の人口が少しずつ増え、栗の木は材木として家を建てるために使われました。木の実が収集できない季節や狩をすることが難しい季節などに備えるため、木の実や保存が利く調理された料理などは掘られた穴に入れて保存されていたようです。村と村の間において その村で取れる食物が交換されることにおいて 山に住んでる人たちは塩や海からの産物を得ることができ 海の近くに住んでいる人たちは 山からの産物を得ることができました。
儀式はそれぞれの地域において縄文時代の人たちの間に存在したようです。例えば ある儀式は人がある年齢(14歳から16歳)に達したとき歯を抜くという慣わしがあったようです。他にも 大きな栗の木を切り倒してそれを村に持ち帰り、丘の上から 人々がその木を引きずりながら駆け下りるなども あったようです。他の村からも人々が祭りに参加しダンスをしたり 儀式のためのマスクをつけていたようです。そして 祭りが開かれているときは 結婚相手を探すよい機会でもありました。縄文時代の人々は 縄文土器の誕生以降、家族以外の人たちと住み始めます。時がたつにつれ 小さな村が大きな村になり、村の人口が増え働き手が増えるとともに食物の収穫も増加していきました。食物の収穫の増加により 村同士での 食物の交換が広まります。縄文文化は数千年もの間絶えず続き、この時代に日本文化の基礎の基礎ができたといっても過言ではないでしょう。いくつかの祭りは今日でも日本の一部の地域で見ることができます。そして 今では春のレジャーとなってしました潮干狩りも縄文時代から今の日本の文化の1つとして受け継がれています。縄文時代から他の時代へと代わり 約2300年がたちましたが 縄文文化の影響は今日の日本文化において大きなものです。