縄文土器

    何千年もの昔 縄文時代の早い時期、人々は場所から場所へと季節に応じ そして動物を狩るために移動して生活していました。縄文時代の人々は あざらし、象、鹿などをたべていたようです。もちろん ほかの動物も食料として食べられています。 魚や貝も頻繁に食べられていたことも今までの研究によって明らかにされました。焼く、干す、燻製にするという調理法しかなかった縄文時代の早い時期に 人々は象をどのように食べたのか 不思議でなりません。

    土器の誕生によって「煮る」という調理法が可能になりました。そして集めた木の実を土器に入れてたくわえておくことも可能になりました。これによって お肉をより軟らかく食べることができます。そして土器の誕生以降、今までの移動を重視した生活からひとつの場所に住むという定住生活へ 時がたつにつれて変わっていきます。

                               

                                     (c)浜松市博物館

 

 
発見されている縄文時代初期の土器の形は円錐形で土器の表面はほんの少しの模様が入っているくらいで、縄文時代中期と縄文時代後期の土器の形や模様に比べて とてもシンプルな出来上がりです。時間とともに、模様と形はそのどきの使用目的によって変わっていきます。発見された土器で、縄文時代中期につくられ何かの儀式に使われたと思われる土器のデザインにはとてもすばらしいものがいくつもあります。動物の絵または形が土器の表面にあるものからは,その当時どのような動物が存在したかを 私たちに教えてくれます。いくつかの縄文土器の模様は ほかの国ではまったく見つからないというのもまた縄文土器の魅力のひとつでしょう。縄文土器は調理用の道具そして儀式の道具としても使われましたが、村と村との貿易の品物としても取り扱われたようです。日本の国土は小さくその当時の人口は少なくとも、縄文土器は場所や村によってデザインが異なりました。

縄文時代後期になると、縄文土器にも朝鮮文化の影響がみられます。表面は縄文時代初期のときと同じようにシンプルになりましたが 土器の形は丸みを帯びていきました。 そして土器はいろいろな目的で人々に使われていくようになります。

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