大陸からの知識と技術
古墳時代には 多くの知識や技術が韓国や中国からの人々の訪問によって持ち込まれました。それらの中には布の縫製、彫像の製造、陶芸などが含まれています。そして韓国、中国、日本の間で行われた交易のため漢字が使われ、書き言葉である漢字が日本に伝わります。漢字の使用は3世紀末から始まりましたが、交易以外では使用する機会が少なく、漢字が日本で交易以外で使われ始めたのは5世紀になってからです。
![]() |
陶芸 轆轤(ろくろ)が大陸から導入され、陶器の製造がより早く簡単に出来るようになります。その結果、大量に陶器を生産することが可能になりました。この轆轤の使用により陶器の厚みが以前の土器などに比べ薄くなります。作られた陶器は食器や食べ物を保存するいれもの、または儀式などのためにも使われました。 |
|
埴輪に見られる服装 古墳時代に作られた埴輪はその当時の衣装を表現しており、古墳時代の服装を埴輪から知ることが出来ます。 後の時代の服装と比べ 古墳時代の服装は簡素なものですが、動きやすい服装だと思われます。右の写真は男性の埴輪像で、帽子のような物をかぶっています。服は左の胸元が紐で止められており、そしてウエストは布で出来たと思われるベルトでしばられています。古墳時代の男の人は幅が少し広めのズボンをはき ひざあたりを紐で縛っていたようです。 |
![]() |
![]() |
![]() |
左の写真は 女性の埴輪です。写真からもわかるようにこの埴輪はネックレスとイヤリングをつけています。右の写真は男性の埴輪像で、彼は手に農具を持っています。そして彼もまた首飾りをつけています。この埴輪像の顔の横についているのは耳またはイヤリングでもありません。この8の字型のものはこの時代の男性の典型的な髪型だったのでしょう。この男性の髪型は「みずら」とよばれ、古墳時代以降にも幼児の髪型などとして見られることがあります。 |
![]() |