村から国へ

    この時代 多くの村が小さな国へと移り変わっていきます。多くの国があればあるほど それぞれの国の強さは異なり、そのため強い国が弱い国を支配しはじめます。このことから 小さな国の間で戦争が起こっていたことがわかります。そして 弥生時代に作られたお墓の発見から 弥生時代には貧困の差そして社会階級があったことが明らかになりました。中国や韓国から海を越えてやってきた人たちが 彼らと友に技術や知識を日本に持ち込んだ後、村の食料は安定し 文化と関係するものが発展していきますが、それとほぼ同じく 村や国の間で戦争が起こり始めます。

    村や国の間で戦争が頻繁に起こるが文化が発展している弥生時代 そして文化は原始的であるが 平和と調和を大事にしている縄文時代。もし あなたが日本の先史時代に生きるとしたら、どちらの時代を好みますか? 

 

    この時代の代表的な強い国が邪馬台国です。邪馬台国は約30の小さな国を紀元後239年に支配していました。この国は卑弥呼という日本の歴史上初めての女王によって統括されていました。中国で発見された魏志倭人伝という歴史的書物には 卑弥呼が魏に使者を遣わし その当時の魏の皇帝、明帝から親魏倭王の称号を与えられたという事が記されています。邪馬台国という国は約60年ほど続きましたが その国がいったいどこにあったのかは未だ不明のままです。

Model of Himiko's Mansion in Osaka prefectural Museum of Yayoi Culture

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