C-14のデータが少ないため、サザン プレインズ ウッドランド遺跡に関する明確な情報は余りなく、遺物からC-14のデータが取れたとしても それがアーカイック後期またはウッドランドの物なのか識別する事は容易ではありません。その理由として挙げられるのが、これらの文化の生活パターン、尖頭器の特徴となる角のくぼみ、すり石、農具などの違いがほとんどないことがあげられるでしょう。テキサス州のエルパソからニューメキシコ州南東部に範囲が及ぶヤノエスタカド エリアは紀元1~1300年まで繁栄したサザン プレインズ ウッドランド地域の代表的な場所です。南西文化のヨランド モギヤーン文化を起源とするヨランド ブラウン土器はこの地域のほとんどの場所から出土しています。これらの遺跡から発見された石片の散布、バイソンの残骸、農業跡、季節ごとに建てられた竪穴住居から 人々が季節ごとに移動していたことを 示しています。そしてヤノ エスタカド地域に12箇所の下位区分がこの時代に起こりました。
デラウェア & コッパー フォセィ(東オクラホマエリア)
デラウェア A フォーカス( AD 1 ~AD 900)- この地域は東オクラホマエリア一帯に見られました。このエリアではアーカイック後期とは異なった特徴があり、それは新しいタイプのコーナー ノッチド ポイントとステムド ポイントの使用です。ムラサキ貝が主な食糧だった形跡は発見されていますが、デラウェアAとBの生活パターンはあまりよく知られていません。
パロ デュロ コンプレックス(AD 100 - AD 800)- テキサス州、スウィッシャー カウンティーにあるパロ デュロ レザルブワーのデッドマンズ シェルター遺跡にみられます。この遺跡はヤノ エスタカドの東側からオクラホマ州の細長い地域とテキサス州に及びます。この地域では、石で囲まれたまたは囲まれていない炉辺、デッドマンズの矢じり、ヨランド ブラウン土器、すり石、骨で出来た道具、骨または貝で出来た装飾品が発見されており、これらの文化遺物によってこのコンプレックスは識別されます。
カウ レザルブワー / クロス ティンバーズ エリア(AD 100-AD 1200)- ポンカ市近くの地域でアーカンザス川に沿ってありました。そしてオクラホマ州の北中央部一帯に起源があります。この地域では樫の木とブラックジャックツリーがよくみられます。遺跡は時代順にまとめることができ、3つの異なった時代がありました。 次に挙げられる特徴はこの3つの時代に見られます。すり石とすり皿、木の実のための石、物を削り落とすために用いられた道具、革仕事の道具、土器、コーナーノッチド ダーツ、そして鏃です。最も早い時期の遺跡(AD100-AD300)からは、この土地で作られた土器、時折発見される黒曜石、判定住生活の住居跡そして骨で出来た農具によって識別されます。これらの遺跡で発見されたいくつかの土器はカンザスシティーホプウェルのグループと交流があったことを示します。中期の遺跡(AD300-AD600)ではロックシェルター/オープンサイト、縄模様の土器、ビーズ、食糧保存用の穴、すり石にが代表的な出土品です。これら全ての文化遺物は彼らの半定住生活をあらわしています。後期の遺跡(AD850-AD1200)からは貝と骨を砂と粘土と一緒に練って作った土器が発見されています。このタイプの土器の存在はカンザス プレインズ ビレッジとの関係があったことを表します。いくつかの古墳のうち その2つは墳墓です。一つは石の板とメターテで覆われた浅い穴です。これら後期の遺跡はポスト ウッドランドへの推移として見られています。
ベルメホ フェイス (AD400-AD700)-この地域はリオ グランデ、ペコス、そしてカナダ河源流のそばのニューメキシコ州北東部を覆うサザン ハイ プレインズの最西端に沿って位置します。この地域から土器はあまり出土していませんが、発見された土器はサウスウェストタイプのものです。竪穴住居は直径3~6mの円形で、石が基礎に使われています。すり石はこの地域でよく発見される遺物で、こげたトウモロコシの穂軸も伴に見つかっています。サウスウェスタンがこの地域に入ってきたことからベルメホ フェイスはバスケットメーカーIII ともよばれます。バスケットメーカー文化はプエブロ文化の始まりです。プエブロ文化は小さな開けた村で始まり、がけの張り出した部分に大きな建物を建て壁で建物内を仕切って部屋を作りそこに村の人々が住みました。
グラネーロス フォーカス(AD450-AD700)- この地域はコロラド南東部に位置しオクラホマ州のパンハンドル(細長い)地域とニューメキシコ州北東部にまで及びました。これらの村はベルメホと同族で、アンテロープ クリークとアピシュパ フェイス(AD1000-AD1400)はこの地域が起源と考えられています。
プルイット コンプレックス(AD500-AD900)- オクラホマ州中央から南中央部にまで及びます。代表的な遺跡はワシータ川沿いにあるプルイット遺跡です。この遺跡からの出土品は厚みのある円錐曲線体で丸底の壷、色々な骨器と貝の遺物、物をすりつぶすために使用された石、黒曜石、くぼみがある矢じり、ステムド・ダーツ・ポイントなどです。この地域はパオリ フェイス(AD900-AD1600)で知られているセントラル・オクラホマ・プレインズ・ビレッジ・トラディッションに発展したと考えられています。
レイク クリーク フォーカス(AD500-AD1000)-テキサス州北西部のレイク・クリーク遺跡からテキサス・パンハンドルの北部にかけて位置します。コーナーノッチド・アロウポイントそしてステムド・アローポイントと伴にヨランドブラウン土器とすり石がこの地域から出土しています。この地域の主な土器のタイプは縄模様の土器です。レイク クリークはプレインズビレッジ(AD1200-AD1500)の一部であったと考えられています。アンテロープ クリーク遺跡はサウスウェストタイプの壷と石板を使った壁の基礎を持つ竪穴住居の住居スタイルからプエブロ グループから作り方えお得たのものと考えられます。
コッパー フェイス(AD500-AD1000)- この地域はオクラホマ州東部に及び、デラウェアーAとBの地域と重なっています。人型の像の発見はホプウェル文化が平原にやってきた可能性がある事を示唆しています。いくつかの出土品はコーナーノッチドポイントそして壷はイリノイとカンザスシティー・ホプウェリアンの土器に良く似ています。
デラウェアー B フォーカス(AD900-AD1300)- この地域はオクラホマ州東部に及び、デラウェアーAとは異なって発展していきました。すり石、骨、貝の遺物、小さな矢じりの出土品によってデラウェアーBはそのオリジナルから区別されます。これはカドアン(スパイロ ミシシッピアン)の影響によるものかも知れません。
18 マイル フェイス- ペコス・バレー中央部からニューメキシコ州東部に及びます。そして このフェイスは前期と後期に分ける事が出来ます。前期ではヨランド プレイン ブラウン土器のタイプだけが見つかり建物跡は発見されていません。後期では竪穴住居跡、ヨランド・ブラウン土器とミドル・ミカセオウス・ブラウン土器の2種類が小さな村落から発見されています。
パオリ フェイス(AD900-AD1600)- AD1050 にトウモロコシの生産が増加したと考えられています。穴を掘るための棒、鍬、スクウォッシュ ナイフなどの農具、塗料のかけら、柱跡、保存用の穴が発見されています。これらは季節ごとの構成を示唆し、3つの遺跡からは長方形の住居跡が発見されています。
link 2 used to be located at: http://twist.lib.uiowa.edu/plains/pwoodland.html